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各店のよもやま話

各店のよもやま話

◆道具と人のいい関係◆

 当店は包丁やはさみ、剃刀、毛抜きなどのいわゆる刃物類を扱っておりますが、なかにはちょっと変わった品もございます。本日はそのうち、紙切りはさみにまつわるお話をいたしましょう。寄席芸で演じられる、あの紙切りに使うはさみです。
 昭和45年頃でしたでしょうか。現在、紙切り芸の第一人者としてご活躍中の林家今丸さんがおいでになって、こうご注文になったのです。
「初代・正楽師匠のものと同じはさみを作ってもらえませんか」
 正楽師匠のはさみは、昭和30年頃、当店でお作りしたものです。切っ先がするどく、刃を合わせた時の手ごたえが空気を切っているように軽いはさみ。ご相談を重ねながら、あれこれ工夫して仕上げたもので、お渡しする時に、ほかのかたには売らないお約束をしておりました。直弟子の今丸さんであっても、お断りするしかありません。
 ところが、今丸さんは、どうしてもとおっしゃって、最後には膝をついてお頼みになります。師匠への篤い尊敬の心が、同じはさみを持ちたいというお気持ちにさせていることが伝わり、お話をうかがううちに、師匠が生前、おかみさんに「そろそろ今丸に同じはさみを持たせてやりたい」とおっしゃっていたことも知りました。
 しみじみと師弟愛を感じながら作った今丸さんの紙切りはさみ。職人を泣かせた、嬉しいご注文でした。
挿絵



刃物
うぶけや
●中央区日本橋人形町3-9-2
(地下鉄人形町駅から徒歩2分)
●03(3661)4851


◆"火事見舞い"のお寿司◆

 火事と喧嘩は江戸の華。実際、江戸時代は火事が多く、町内中が焼け出されるということもしばしばありました。けれど、火事が多かったのは江戸時代だけではありません。東京消防庁の統計によりますと、昨年1年間だけでも管内で発生した火災は6932件。決して減ってはいません。
 ところで、ひと昔前までは、火事で類焼を受けた家や水浸しになってしまった家には、火事見舞いが届けられました。当店の志乃多(いなり寿司)と海苔巻の入った折詰も、そんなご用によく使われたものです。火を使わずにそのまま手で召し上がっていただける簡便性と、生ものが入らないところがお見舞いには喜ばれたのでしょう。
 それが、いつの頃からでしょうか、火事見舞いの折詰を作ることがなくなりました。
 飲食店が増えて、当座の食べ物に困ることがなくなったから……では多分ないでしょう。火事見舞いは、昔も、緊急の食料であるという以前に、知人の災難を思いやる心をかたちにしたものでしたから。
 殺気だった雰囲気と、失ったものへの切ない思いに乱れる被災者の心を、ほのかに甘い小さな寿司が少しでも救ったのではないか――火事見舞いがなくなった昨今の風潮を、ちょっと寂しい思いでみております。
挿絵



寿司
志乃だ寿司總本店
●中央区人形町2-10-10
(J地下鉄人形町駅から徒歩3分)
●03(3666)4561
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