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老舗の知恵袋

大旦那のちょっといい話
<榮太樓總本鋪> 細田安兵衛さんの「江戸っ子」歳時記
 
粋
細田安兵衛さんの巻(13)
【江戸っ子の1年は、日々あたらしく】
 
■プロフィール
細田 安兵衛(ほそだ やすべえ)
榮太樓總本鋪 相談役。東都のれん会会長。茶道 宗遍流時習軒十一世家元。
1927年、東京日本橋に生まれる。慶應義塾幼稚舎から同大学(昭和25年)卒。
現在、東商名誉議員、全国観光土産品連盟会長のほか、和菓子業界や地元日本橋に関わる団体役員なども務めている。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。
  細田安兵衛
みよちゃん

1年間「江戸っ子歳時記」をお話しいただきありがとうございました。お菓子の話やお店の話など具体的な話題とともに、日本人の暮らしが非常に文化的であり、また日本に四季があることが暮らしを豊かにしているという話がたくさん出てきて印象に残りました。

(細田) 我々、日本人は当たり前のように思っているけど、春夏秋冬という4つの季節をはっきりと感じられる国はそうないからね。そして四季がある国にしても、日本ほどその変化を敏感に感じ取って、生活に反映している民族はないんじゃないかな。
着物一つとっても、春には桜、秋には紅葉の柄を楽しんだりする。先日も“鳴子(なるこ)”の柄の着物を着ている芸者さんがいたけど、秋だから“鳴子”の柄なんだ。わかるかい?
みよちゃん

鳴子は、縄にぶら下げた竹片が、揺れると音が鳴って、鳥や獣を追い払う仕掛けですね。稲穂がたわわになる秋になると田んぼに張られて……。
でも細田さん、鳴子一つとっても、今やもう謎解きのように、解説がないとわからない人の方が多いんじゃないでしょうか。

(細田) 昔は、誰もが知っていて、そういう着物をさりげなく着ている人のセンスをほめたもんだが……着ている人が自分から説明しないとわかってもらえないんじゃ、寂しいもんだな。
けれど、それで黙ってしまえば日本の文化が途絶えてしまう。説明なんて野暮な話だが、知っている人が周りにうまく説明して、着物の柄ひとつにも自然の移り変わりを表現する、日本文化の楽しさを伝えていかないと。
つまり、知識と感覚が豊かであるほど“楽しみ”もたくさん生まれる、という話だ。

僕は最近、「味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触角の5つの感覚を楽しませ、さらに心の安らぎを与えてくれる唯一のものが和菓子」だと唱えている。未来が見えてこない不安感のある世の中だが、だからこそひととき、お菓子を楽しんでもらいたいんだ。
みよちゃん

和菓子には、ゆったりとした時間をつくり、心身ともに安らかにさせる力があると……。

(細田) そう。「衣食住」のうち、一番保守的なのが「食」。ここ数十年で着物を着る人はほんとに減ったし、床の間や縁側がある家を建てる人も少なくなった。だが、「食」だけはあまり変わっていない。
たしかにハンバーガーもイタリア料理も食べるようにはなったけれど、それはバラエティが増えただけで、和食のおかずも白いご飯も健在。
戦後、洋菓子が台頭してきた時は、「これからはケーキの時代、和菓子の未来は無い」なんて言われたけれど、和菓子はちゃんと残っている。当時、洋菓子やスナック菓子をかじっていた若い娘(こ)が、数十年たった今は、饅頭を食べて「やっぱりおいしいわ!」なんて言っているだろ。
みよちゃん

(笑)。昔から食べてきた食べ物をいただくと、本当にほっとするというか、心も体も安心するんでしょうね。

(細田) ただ、今後は、IT化が日本人を変えていくかもしれない。
老舗というのはどこも、お客様に店に来ていただいて、話をしながら物を売るというコミュニケーションのなかで50年、100年と歴史を積み上げて来たわけだが、いまはネットでのやりとりが増えている。その便利さを否定するものではないが、ネット販売だけでは心が、情緒が生まれないと思うんだ。
情緒がない社会なんておもしろくないだろ?
私の孫が「“君の名は”のドラマでは、なぜすれ違いになるのか。携帯電話で連絡すればいいじゃないか」なんて言ったことがあったが、昔はすれ違いや待ちぼうけが当たり前にあった。会いたくない相手と鉢合わせ、なんてことも……(笑)。
しかし今はメールで約束して、携帯電話で場所を確かめあえば確実に会える。会いたくないヤツと出くわさないようにすることだってできるだろう。だが、これじゃあ、ラブロマンスが生まれない。ハプニングも起こらない。それじゃ、つまらないだろうと思うんだ。

人にとって、実際に出会って交わすコミュニケーションは、単なる情報伝達ではない。だから、たとえば対面販売という場をなくしてはいけないと僕は思っているんだ。注文したり、相談したり、お菓子の話を聞いたりする普段の会話のなかから、信頼感や親しみといった感情が生まれてくる。お菓子屋は、そうした情緒を大切にしていく商売だと思っている。
みよちゃん

今回もたくさんのお話をありがとうございました。
では最後に、細田安兵衛さんが最もお好きなシーズンはいつですか?

(細田) 春、かな。四季それぞれにいいところがあるが、春は何といっても“すべての始まり”じゃないか。「青春」なんて言葉もある。
こんな年寄りが言うのはおかしいかもしれないが、春は明るくて、「これからじゃないか!」という気がするじゃない。
みよちゃん

ほんとにそうですね!
1年間、どうもありがとうございました。

☆聞き手:太田美代

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