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大旦那のちょっといい話:田捷利さん「日本橋小学校 出前授業 “地域が支えるお祭りとわたしたち”」
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田捷利さん「日本橋小学校 出前授業 “地域が支えるお祭りとわたしたち”」
<江戸屋>田捷利さん
「日本橋小学校 出前授業 “地域が支えるお祭りとわたしたち”」
享保3年(1718)、日本橋大伝馬町に暖簾を揚げた「江戸屋」は、刷毛(ハケ)やブラシを取り扱って300年という老舗中の老舗。12代目当主である田捷利さんは、家業に励むかたわら、2003年から「べったら市」保存会の会長を務めて、江戸から続く伝統の祭りの運営にもあたっている。
その田さんに「地域の子どもたちにお祭りの話をしてほしい」という依頼をしたのは、田さんの母校でもある日本橋小学校。以来、毎秋、田さんは3年生(約60名)の総合学習に携わっている。
中央区立日本橋小学校
1990年(平成2年)に十思小学校と東華小学校が統合して東華小学校の校舎(日本橋人形町1丁目)に新設された区立小学校。児童数は340名、学級数は12(2012年現在)。
日本橋小学校は教育の重点目標の一つを「共に学び、認め合う学習を推進する」として、その評価項目に「地域及び社会の成員としての自覚を養う学習」を揚げているが、田さんが関わる3年生の総合学習は、まさにこれに沿った授業である。
■総合学習「地域が支えるお祭りとわたしたち」の流れ
1.
地域にどんなお祭りがあるのか、資料を手掛かりに話し合う。
特に「べったら市」をクローズアップし、知っていることをイメージマップに表す。
2.
「べったら市」保存会会長(田さん)から、話を聞く。
3.
10月19日、20日。「べったら市」に実際に行き、見学&インタビュー。神輿や山車をひいて祭りに参加。
4.
「べったら」市で気付いたことを発表。
5.
「べったら市」をいろいろと学び、参加したなかで、疑問に思ったことを、保存会会長(田さん)に質問し、答えてもらう。
6.
「べったら市」を紹介するカードを作る。
上記のような総合学習の流れのなかで、田さんが関わるのは2),3),5)の段階だ。
まず、地域の祭り「べったら市(日本橋恵比寿講)」を紹介し、お祭り当日には子どもたちにも神輿(みこし)をかついだり、山車(だし)をひいたりして参加してもらい、最後にその経験のなかで生まれた質問に答えるという役割である。子どもたちは、「べったら市」について調べ、聞き、参加し、質問によって疑問点を解決していくなかで、地域を学んでいく。
なかでも、お祭りへの参加は、子どもたちにとっては大きな楽しみだ。寶田神社の祭礼・「べったら市」には、日本橋地区の小学生が多数参加するが、日本橋小学校も全員が参加。 高学年は神輿(みこし)をかつぎ、低学年は山車(だし)をひいて、お祭りを実体験する。
「べったら市」に参加!
10月20日には、総合学習を行っている3年生以外の生徒もお祭りに参加する。
寶田神社は江戸開府当時から続いている古社で、恵比寿神を本尊に、いまも商売にご利益のある神様として人々の篤い信仰を集めている。古来より10月20日には祭礼が営まれ、「恵比寿講」が開かれていたが、江戸の発展とともに市が発展し、とりわけ季節柄、べったら漬けを売る露店が多く立ち並んだことから、いつしか「べったら市」の愛称が一般的となった。近年は、10月19日・20日の2日間にわたり、江戸のにぎわいを今に伝える日本橋の秋の風物詩となっている。
祭りから約10日、田さんは再び日本橋小学校を訪れた。この日は、田さんが関わる最後の授業で、祭りを実際に体験した子どもたちからの質問に答える日である。田さんが生徒の前に立つと、次々と質問の手が上がった。
(生徒)
「お神輿や山車は、いつもはどこにしまっているのですか?」
(田)
お神輿は神田神社に、山車は大伝馬町の八雲神社にしまってあります。
(生徒)
「提灯は、どこにしまっていますか?」
(田)
小さな提灯は宝田神社の3階です。お祭りが近づくと、出してくださいとお願いに行きます。大きな提灯は十思スクエアの歴史史料室にあります。たたむと破けてしまうので、ふくらんだ形のまま飾られています。
(生徒)
「大きい提灯は重いですか?」
(田)
重くはありません。軽いです。でも、10人くらいで丁寧に運びます。
(生徒)
「べったら漬けは、どこで作っているのですか?」
(田)
昔は東京でも作っていたのですが、今は岩手や青森でとれた大根を埼玉にある漬物工場に運んで、そこで作られています。
(生徒)
「なぜ東京には、べったら漬けの工場がなくなったのですか?」
(田)
昭和30年頃まではあったのですが、匂いの問題などで近所の人たちに迷惑をかけるというので、地方へ移りました。
なかなか突っ込んだ質問もあって、低学年といえども、気を抜いた返事はできない。お返しに、田さんから子どもたちにクイズを一つ。
(田)
べったら漬けの大根は、何本くらい売れると思いますか?
(生徒)
「100本!」 「200本!」
(田)
まだまだ。
(生徒)
「2500本!」
(田)
もっともっと多いんです。
(生徒)
「1万本!!」
(田)
近づいてきました。答えは、2万本です。
(田)
「エーーーーーーッ!」
祭りのあとで行われた授業は質問大会。
地域の大人から子どもたちへ、地域を愛し、発展させていこうという心と知恵が受け渡されていく。
緊張がほぐれてくると、子どもたちの挙手はいよいよ増えていく。
(生徒)
「保存会の人は、お祭りの日は、何をしているんですか」
(田)
保存会の人は全員で20人ですが、お祭りの日はおもに神社の中にいて、お札を売ったり、おみくじを渡したりしています。今年は東日本大震災の義捐金も集めましたが、354,000円集めることができて、中央区長さんから被災地に送ってもらいました。
(生徒)
「保存会のほかには、どんな人たちがお祭りを手伝っていますか?」
(田)
お祭りが好きで、毎年、ボランティアで手伝ってくれている人たちがいます。それから、中央警察署からおまわりさんが20人くらい来て、お神輿や山車のまわりについて、誰もけがをしたりしないように交通整理をしてくれています。
(生徒)
「保存会で一番偉い人は誰ですか?」
(田)
私です。
(生徒)
「苦情はありますか?」
(田)
結構あります。
(生徒)
「うそ〜!!」
(田)
苦情は、本当にいろいろあります。たとえば、べったら漬けを買ったけれど、家で計ったら分量が少なかったとか。また、今年はいませんでしたが、毎年、迷子も出て大変です。それから、お祭りは夜10時に終わるのですが、夜中じゅう騒いでいる人たちがいて、これが一番困っています。
(生徒)
「会長さんが、一番嬉しいことは何ですか?」
(田)
お祭りの2日間、ずっと天気がよくて、人がいっぱい来て楽しんでくださって、けがをする人もなく無事にお祭りが終わったとき、いつもほっとして、嬉しいと思います。
学校での2度の授業と、2日間のお祭り当日の計4日間で、子どもたちは田さんの顔をすっかり覚えて、街で会っても大きな声で挨拶をしてくれるという。「地域の祭りを知り、楽しむなかで、この地で生まれ育ったことを誇りに思ってくれるようになったら」と田さん。20年、30年後、この子どもたちのなかから、地域を守り、育て、祭りを支えていく人材がきっと生まれてくることだろう。
☆文:太田美代